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大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)931号 判決

控訴人 矢引直七

被控訴人 大阪市

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金百五十万円と之に対する昭和二十六年十月十五日以降右金員支払済迄年五分の割合の金員と、を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人指定代理人は、「主文と同趣旨」の判決を、求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人代理人に於て、

(一)  本訴は国家賠償法に基いて損害賠償を求めるものである。

(二)  大阪府産汚物等取締条例(昭和二十三年十月十一日大阪府条例第九十二号)によると、産汚物等の取扱又は処理業に関する大阪府知事の許可不許可は、市町村長の副申の如何にかゝつていることが窺へるのであつて、被控訴人の係員蒲生定雄同北神正等のその職務の執行に当つての故意若くは過失によつて、大阪市長が事実に相違した虚偽の不当な副申をしたため、大阪府知事は右不当な副申に基いて控訴人の許可申請を二回に亘つて不許可にし、これがため控訴人は損害を被つたのである。殊に昭和二十四年六月十八日付の控訴人の第二回申請に対する大阪市長の副申(乙第三号証)に「本市としては完全な終末処理施設を有して処理しているので一般業者が市内は勿論市外の産汚物についても処理することは不適当と思われる。」とあるが、かゝる副申は憲法に保障する職業選択の自由を制限した違憲の副申である。

(三)  本訴に於て求める損害額は、(1) 被控訴人の係員がその職務の執行に当り奈良県並に奈良市等に対し不当な干渉をして、奈良市に控訴人への産汚物の払下げを中止させたことにより控訴人の被つた損害の中昭和二十四年二月一日以降昭和二十五年一月末日迄一ケ年間一ケ月金五万円の割合による得べかりし利益のそう失による六十万円と、(2) 前記不当な副申により控訴人の被つた損害の中、控訴人の第一回目の許可申請が大阪府知事より却下された昭和二十四年三月三十一日の翌日である同年四月一日以降同月十日迄の十日間一日九万円(大阪市に於ては一日三百人の出産があり一人の出産による産汚物の処理により三百円の利益があるから一日に合計九万円の利益となる)の割合による控訴人の得べかりし利益のそう失による九十万円、との合計百五十万円と訂正する。

と述べ、

被控訴人指定代理人に於て、

控訴人は第二回申請に対する副申が憲法に違反すると、主張するが、大阪府産汚物等取締条例が産汚物等の取扱又は処理業を許可制にしたのは公衆衛生的見地からそのようにしたのであるところ、大阪市長が控訴人主張のような副申をしたのは大阪市が産汚物の完全な終末処理施設を有する以上完全な終末処理施設を有しない一般業者が大阪市内に於て産汚物を処理することを不適当とする大阪市の公衆衛生的見地からの見解を副申したまでのことであつて、これは少しも控訴人の職業選択の自由を制限するものではなく、従つて憲法に違反する副申ではない。

と述べた外原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人がその主張の頃奈良市より産汚物等の無償払下げを受けていたこと、被控訴人が昭和二十三年十二月十八日控訴人よりする第一回目の大阪府知事宛の産汚物処理業並に同処理場設置許可申請書を受理し、右申請について大阪市長が大阪府知事に対し副申書を添付して進達したこと、右申請が昭和二十四年三月三十一日大阪府知事より却下されたこと、はいずれも当事者間に争がない。

而して控訴人は国家賠償法に基き本訴請求をするというのであるから果して、大阪市長のする本件のような産汚物処理業同処理場設置許可申請書の受理府知事への進達及びそれに添付する副申が国家賠償法にいう公権力の行使ということになるであろうか、大阪府産汚物等取締条例に基く産汚物処理業並に処理場設置許可申請に対する許否の権限が大阪府知事の専権に属するものであることは右条例に明かであるけれども、右条例第四条には右許可申請をする者は申請書に申請者の営業所等の所在地の市町村長の奥印を受けて之を提出しなければならない旨規定されており、而かも原審での証人岩田光秋、同蒲生定雄の各証言によると、大阪府の実際の取扱としては市町村長が右申請書に奥印するに際し、右申請に対する意見を具申するための副申書を添付させることにしていること、これは大阪府知事が右申請の許否を決定するに当り、申請者の営業所又は事務所の所在地の事情に明るい当該市町村長の意見を聴くことがより適切な処分ができるからであること及び右条例が市町村長の奥印を要することとした趣旨がここにあること等が窺えるのであつて、これは他面また大阪府が地方自治法第十四条第三項に基き府下の市町村の行政事務に関し定めた規定であると見ることができるのであるが、該規定の趣旨を右のように解するとすれば、市町村長のする右副申は大阪府知事が前記条例第四条の許否を決するための参考的意見を具申する諮問的機関としての行政行為と見るべく、かかる諮問的機関の答申的意見具申も一概に国家賠償法にいう公権力の行使でないとはいえず、その行為の性質上一般的に公権力の行使者の処分の裁決に事実上影響を与えるものであれば、そのような行為も又同法にいう公権力の行使の範囲に入るものと解するのが相当であらう。

そこで果して大阪市長のする右副申が一般的に大阪府知事の右条例第四条に基く許否の裁決に事実上決定的影響を及ぼす性質のものであらうか、前記大阪府条例が許可申請者の営業所又は事務所所在地の事情に明るい当該市町村長の副申を伴う奥印を要するとした行政的趣旨に鑑みるときは、これら市町村長の副申の内容が大阪府知事の申請許否の裁決に際し事実上重要な影響力をもつものと考えられ、従つて右副申又はその準備行為上、大阪市長又はその補助機関に故意又は過失による他人の正当な利益の侵害がある場合は国家賠償法第一条に該るものと考えられる。

そこで先ず(一)被控訴人の係員が職務の執行に当り奈良県並に奈良市に不当に干渉して奈良県より産汚物の県外移出を禁止させ、奈良市より控訴人への産汚物の無償払下げを中止させ、これによつて控訴人は一ケ月五万円の割合による一ケ年六十万円の損害を被つたと言う控訴人の主張を検討する。

控訴人が大阪府産汚物等取締条例に基いて第一回目の大阪府知事宛の産汚物処理業並に同処理場設置許可申請書を被控訴人が昭和二十三年十二月十八日受理したことは前示認定の通りであつて、原審での証人蒲生定雄当審証人北神正の証言によると、右控訴人よりの申請書を受理した被控訴人の当局は前記条例により大阪府知事への副申をする必要から当時の清掃係の吏員蒲生定雄と住沢明とを産汚物の払下先である奈良県並に奈良市へ実情調査に赴かせたことがあることは認められるが、右蒲生定雄等がその職務の執行に当り奈良県に対し同県下の産汚物の県外移出を禁止させるよう、また奈良市に対し、同市より控訴人への産汚物の無償払下げを中心させるため、不当な干渉をしたと言うことは、右に添うような原審並に当審での証人杉山留次郎の証言及び原審並に当審(第一回)での控訴人本人尋問の結果は後記各証拠に照し信用することができないし、他にこれを認めることのできる何等の証拠がない。却つて成立に争のない甲第五号証、原本の存在並に成立に争のない乙第二号証、成立に争のない乙第七号証、原審での証人蒲生定雄、同岩田光秋、当審での証人古川浅吉の各証言等によると、前認定のように被控訴人の吏員蒲生定雄等が奈良県庁及び奈良市役所に実情調査に赴いたところ、奈良市の塵埃処理場に於ては従来から控訴人に産汚物の無償払下げをしていたが、このことは奈良市の主管課長等は右蒲生定雄等の調査によつて初めて右事実を知つたのであり、更に奈良県衛生課に於ても奈良市の産汚物が県外に移出されていることを右調査によつて初めて知つたのであること、当時奈良県には産汚物等に関する取締条例はなかつたが、右事実を知つた奈良県では自発的に防疫的見地から産汚物は焼却するか、再生するにしても県内で行わしめたい意向であることを明かにし、且奈良市に対しては同市の産汚物が当時大阪市に移出されていることについて、その処置を再検討するよう通達した、そこで奈良市に於ても右県庁の意を体して控訴人に対する産汚物の払下げをするか否かを検討した上若し払下げをするのであれば奈良市より正式公文書による払下げ証明書を交付する、との調査の結果を得たものであつて、前記蒲生定雄等は右調査に際しては控訴人の許可申請書に記載された奈良市より控訴人への産汚物の払下げの事実を調査したに留ることが認められる。

この点に関し当審での証人宮尾普賢の証言を以つてしても以上の認定をくつがえすことはできない。

従つて被控訴人の係員が職務の執行に当り奈良県並に奈良市に不当に干渉したことを理由とする控訴人の損害賠償請求は、その他の判断をする迄もなく認容することができない。

次に、(二)被控訴人の係員蒲生定雄同北神正等が大阪府知事に対する大阪市長の副申進達の職務の執行に当つて故意又は過失によつて不当な虚偽の副申をしたことにより損害を被つたとする控訴人の主張について検討する。

本件に於ては前記認定の控訴人の第一回目の大阪府知事に対する産汚物処理業並に同処理場設置許可申請について大阪市長が大阪府知事に対して控訴人主張のような事実に相違した不当な副申をしたことを認めるに足る何等の証拠はない。むしろ、前示乙第二号証と原審での証人蒲生定雄の証言とによると、控訴人の第一回目の許可申請については大阪市長は大阪府知事に対し、(1) 控訴人が処理している産汚物は奈良市役所より払下げているものであるが、監督官庁たる奈良県庁に於ては今後産汚物等の県外持出は禁止するとの意向である、(2) 奈良市役所が控訴人に産汚物の払下げをしていることは事実であるが、取扱者承諾書の証明者が市長でないので調査したところ奈良市に於ては今後引続き控訴人に払下げを認可するかどうかは目下検討中であるとのことである。(3) 控訴人に対し奈良市長名による証明書を提出するよう通知しているが未だ提出しない。との趣旨の副申をしていることが認められ、右副申の(1) と(2) は被控訴人が係員蒲生定雄等をして前認定のように奈良県並に奈良市に派遣して調査させて得た結果そのまゝであり、同(3) については被控訴人が係員蒲生定雄等をして調査させた当時の前示認定の情況に徴するときは被控訴人の係員が控訴人に対して奈良市長名の証明書を提出するよう通知したことが推認できるから、これも事実そのまゝを副申したものと認められる。

そうすると第一回目の許可申請が大阪府知事によつて却下された翌日である昭和二十四年四月一日以降同月十日迄の十日間の得べかりし利益九十万円の損害を求める控訴人の請求は、その損害の有無並に控訴人の主張する第二回以後の申請(第二回目の申請は昭和二十四年五月十七日と主張する)に対する副申の有無及びその当否並にその他の控訴人の主張の当否を判断する必要がなく、失当と言わねばならない。

以上説示の通り控訴人の本訴請求はすべて理由がないから棄却すべきであつて、これと同趣旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がなく棄却すべきである。よつて控訴費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)

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